本コラムでは、2025年9月より開始した「新事業発掘プロジェクト事業(GEMStartup TOKYO)」の活動を紹介します。2回目となる今回のコラムは、GEMStartup TOKYO「新事業創出」の講義の様子や参加者の声をお届けします。
「新事業発掘プロジェクト事業(GEMStartup TOKYO)」とは
東京都は、大企業等の民間企業で培われたノウハウやアイデアを起業や新事業創出に結びつけるための取組みとして「東京都新事業発掘プロジェクト事業(GEMStartup TOKYO)」を実施しています。本事業では、分野を超えた起業家やベンチャーキャピタリスト、各分野のプロフェッショナルの方々に協力をいただき事業化に向けたサポートを実施しています。
新事業創出プラットフォームとは
GEMStartup TOKYOのプログラムのひとつであり、これから事業計画を考えたい方を対象に、大企業等での経験やシーズを活用した新事業創出に向け、アイデア立案~計画立案を対象としたカリキュラムを実施しています。
導入
東京都は1月14日(水)、新事業発掘プロジェクト事業「GEMStartup TOKYO」の取り組みとして、「新事業創出プラットフォーム」コースの受講者を対象とした講義を開催しました。

企業内で新規事業を推進するにあたっては、事業アイデアの鋭さや市場のニーズはもとより、会社の理解や人事制度の壁、リソースの確保、さらには挑戦者自身の胆力やモチベーションの維持など、幾多のハードルが存在します。これら複雑に絡み合う要素こそが、社内新規事業の難所といえるでしょう。
今回、迎えた3名の講師はいずれも、異なる立場から「社内起業」を実現した起業家たちです。各講師は、パネルディスカッションや交流会を通じ、社内で新規事業を推進する際の障壁や、それを乗り越えるための実践的なメソッドと不可欠なマインドセットを惜しみなく共有しました。会場に集うからこそ肌で感じられる、講師たちの手触り感のある言葉は、受講者の心を大きく揺さぶるとともに、明日からの事業推進を加速させるヒントとノウハウにあふれていました。
登壇者紹介

株式会社hootfolio 代表取締役
笠原 健太氏
NECグループにてフルスタックエンジニアとしてアプリケーション開発に従事。シリコンバレーでCausal AIと出会い、その可能性に魅了され、自らプロダクト開発をリードして事業を立ち上げる。プロダクトオーナーとして構想から開発・運用までを担った後、NECからカーブアウトし、株式会社hootfolioを設立。実験による仮説検証を信条に、因果AIによる「科学的な意思決定」の社会実装を目指している。

株式会社KAMAMESHI 代表取締役社長
小林 俊氏
2010年日本製鉄株式会社入社、会員制の製造業起業向け設備部品ECサイトの運営、設備保全コンサル・作業代行、設備保全の指導教育等の事業を行う株式会社KAMAMESHIを2023年に設立。同年、日本製鉄の人事施策として社内起業制度が開始され、第一号事業として日本製鉄の出向扱い、同年、経済産業省「出向起業制度」に採択されている。

株式会社AgriweB 代表取締役CEO
長堀 俊允氏
農林中央金庫入庫後、2021年に農業経営情報プラットフォーム「AgriweB」業務に参画。社内で継続可否を問われていた同業務について、事業化とその後の可能性を社内に上申。2023年11月、協議・検証を経た後、同事業を社内初の新規事業として取り組んでいくことの承認を取り付け、カーブアウトする形で2025年1月に株式会社AgriweBを設立。
パネルディスカッション
パネルディスカッションは、①事業立ち上げ前、②事業立ち上げ時、③事業立ち上げ後――の三つのテーマをもとに進められました。登壇者たちは、各フェーズでどのような迷いや試行錯誤が生まれ、どのように意思決定を行い、新事業を進めてきたのか、そのプロセスと心の内を語りました。

①事業立ち上げ前
登壇者の経験談から浮かび上がるのは、新規事業の道筋は決して一律ではないという事実です。受講者は多様なモデルケースに触れることで、自らの置かれた環境でいかに一歩を踏み出すべきか、その多角的な視点を得ることとなりました。
日本製鉄という巨大組織の中で、「中小規模の製造業を支える仕組み」を模索し始めたのは小林氏です。しかし、最初から道筋が見えていたわけではありません。
(小林氏):当時は新規事業の立ち上げ経験もありませんでした。何もないところから100を超える企業へヒアリングに回り、ひたすら課題の解像度を上げて今のサービスをつくってきました。
また、小林氏は外部の起業家育成プログラムも積極的に活用したと言い、そのなかでの一番の学びをこのように話します。
(小林氏):利益やマーケット規模など会社のメリットを優先した瞬間に、それは自分のための事業になってしまう。100%顧客のためを思い、顧客の課題に共感すること。それが、新規事業に不可欠な一歩でした。
一方で、制度すら存在しない組織で新規事業を立ち上げる苦悩を語ったのは長堀氏です。人員配置の理由から新規事業への挑戦に難色を示す上司を前に、長堀氏は組織の力学を逆手に突破を試みます。
(長堀氏):組織に余剰人員がいないなかでも会社の持続的成長を見据え、新しいことに挑戦しなければならない。そんな危機感を持っている人たちって、役員なんですよね。そこで、上司に許可を取り、役員と直接話す機会を得ました。そこからは、強烈なトップダウンで新規事業を進められるようになり、既存の社内ルールでは動けないのならと、『治外法権』のような場所もつくってもらいました。
NECの新事業開発部門で、シリコンバレー発の高度な技術を託された笠原氏は、「優れた技術があること」と「事業が成立すること」の間にある溝を埋めることに苦闘したと振り返ります。
(笠原氏):技術だけがあっても、どうマネタイズするのか、本当にお客さまの課題が解けるのか。その答えを見つけるべく、ディープに使ってくださるお客さまと密なコミュニケーションを重ねては検証を行い、プロダクトを磨き上げる。その繰り返しに、かなりの苦労を費やしました。
②事業立ち上げ時
会社を創る決断と実行のフェーズにおいて、三者のエピソードから見えてきたのは、正攻法の無い世界で自らレールを敷き、ときには力技で進むことの重要性です。
笠原氏の場合、カーブアウトの了承を会社から取り付ける以上に苦しんだのが、資金調達の局面だったと話します。
(笠原氏):投資家からは『エンジニアだろうと関係ない。営業して必ず受注を持って帰ってください』と檄を飛ばされました。NECの看板を外してもなお、選ばれるソリューションであることを証明しなければならない。チーム一丸となって根気強く売り込みを続けました。
小林氏は、構造的な壁に直面していました。プロダクトへの手応えはあり、社内でも事業化の賛成を得られている。それでも、「制度がないから決められない」という組織特有の停滞が立ちはだかりました。
(小林氏):誰も決めてくれない現状を前に、一時は退職も頭をよぎりました。けれども、会社の看板を活用しながらベンチャー企業のように機動的な動きを取れる『出向起業』こそが自分にはベストな形だと考え、どうしても諦めきれませんでした。
こうした葛藤の末、小林氏が取った行動は社長への直談判でした。この場では、自分の「やりたいこと」ではなく、会社の課題である「人材流出」や「経営人材育成」「自身の取り組みを活用したPR活動」という文脈に論点を乗せ換え、新規事業の必要性を訴えたといいます。
(小林氏):トップが決断したことによって、関係部門が加速度を持って動き出しました。一つひとつの扉を地道に叩き続ける大切さを痛感しました。
一方、長堀氏を突き動かしたのは、プロダクトのウェブ制作者であり、のちに共同経営者となる部下の切実な訴えでした。着実に成果は出ているにもかかわらず、社内の否定的な声に、部下は会社を辞める選択肢を口にします。
(長堀氏):このままでは社会課題も経営課題も放置されたまま終わってしまう。これでいいのかと、ものすごく考えました。そこで私は奔走し、外部に自分たちの受け皿を確保した上で、不退転の覚悟で役員にぶつかりました。
結果として、新規事業は承認されたものの、「会社が認めないなら外でやる。それほどまでに意義のある事業だ」という強い想いが、仲間を守り、事業存続への熱意へと転換されたのです。
③事業立ち上げ後
このテーマからは、プレーヤーとしての優秀さが、組織の舵取りの場で必ずしも通用しないこと、そして、フェーズごとに変化する課題とともに自らも変化し続けていくことの必要性が示されました。
長堀氏が直面したのは、収支計画未達というシビアな現実です。しかし、数字に表れない可能性を示すことで、役員から「もう少し様子を見よう」という言葉を引き出しました。
(長堀氏):課題は残るものの、事業の意義や可能性といった定性的情報を活用してメディア露出を図ることで、社会的なインパクトや外部支援者の獲得見込みを経営陣に訴求しました。また、結果が出る時期を自分なりに見極め、論理的に伝えることで、親会社からの理解を得ることができました。
一方、笠原氏は、組織という巨大なインフラを失ったことによる、全方位的な負荷の重さを口にします。
(笠原氏):会社にいれば当たり前に存在したバックオフィス機能が、スタートアップではすべて自分たちの肩にかかってきます。採用も思うようなタイミングでは進みません。限られたリソースで、いかに必要な機能を充足させ、事業を加速させるか。いま、その難しさと直面しています。
そして、「事業は順調に進んでいる」と話す小林氏の悩みは、事業の成長にともなう組織づくりに移っています。
(小林氏):サービスの会員数も増えており、ここからは社員を採用し、組織化していくことが最重要事項です。しかし、いざ仕事を任せようとしたときに気付いたのが、業務の体系化ができておらず、何をどう伝えればよいのか分からない、ということ。人に託す難しさを実感しています。

座談会
続いての交流会は、講師ごとに分かれた三つのグループによる座談会形式で行われ、受講者は自らの直面する課題を解決するヒントを求めて、目指す講師のもとに集まりました。
その場では、受講者の打ち明ける悩みや迷いに、講師が自身の経験から具体的なアドバイスを返す熱のこもった対話が繰り広げられました。 ここでは、各グループで交わされた質疑応答の内容を抜粋してご紹介します。

笠原氏
Q. 大企業の「看板」は、起業において武器になるのか。
A. 私は大いに活用している。入口での信頼が全く違う。しかし、一方で「買ってもらえるか」「使い続けてもらえるか」の局面では、当然ながら中身の価値が大切だ。
Q. 初期段階でプロダクトをブラッシュアップする際、何を一番の指標にすべきか?
A .顧客が少ないうちは、チャーンレート(解約率)は考えなくていい。それよりも「これさえあれば絶対に使ってもらえる」というプロダクトのコア――初期の顧客が価値を見出しているその一点を磨き続けることが成功につながるはずだ。
小林氏
Q. 実績ゼロの初期段階で、どうやって最初の顧客を集めたのか。
A. 誰もいないプラットフォームに参加したがる人はいない。まずは顧客が今まさに困っている課題を入口に、即効性のある業務改善ツールとして導入を検討してもらった。このときメイン機能は、プラスアルファの立て付けに留めたが、相談が舞い込んだときにはしっかりフォローすることで、プロダクトの良さを知っていただくチャンスをつかんだ。
Q. 予算も体制もない初期段階で、プロダクトのクオリティをどう担保したのか。
A .命に関わるような致命的なリスクがない限り、完成度にこだわる必要はない。ミスやバグがあってもフィードバックが来るだけ。紙芝居や仮画面で構わないので、まず触ってもらうことが大事だ。
長堀氏
Q. 親会社から提供されたアセットはあったのか
A. リソース活用は制限されていたため、人材確保については大学発ベンチャーと提携し、大学生を長期インターンとして迎え入れる仕組みをつくった。バックオフィス業務においても、月数万円で活用できる外部の代行サービスを利用している。これらは起業時の大きな助けになっていると感じている。
Q. 競合はいたのか。自社の独自性をどうやって役員に説明したか。
A. 農業系の課題解決サイトは他にもあったため、外部の力も借りながら強みの分析を行い、そこをマネタイズできるビジネスモデルを構築した。さらには、「自社サービスの独自性を保つためには皆さんの協力が必要だ」と訴え、外部の脅威を、親会社から強力な支援を取り付けるための動機付けに変換した。
最後に、本日の受講者に向けて3名の登壇者はこのようなメッセージを送ります。
(笠原氏):起業すると、バックオフィス業務も含めすべて見なければならない大変さがあります。事業の課題も散見していますが、それでも苦しさより楽しさが勝ります。皆さんも1歩踏み出したときは、同じような気持ちで楽しんでください。
(小林氏):儲けること以上に、自らが解決したい課題に出会うこと、そして、「これは価値がある」「意味がある」と心から思える大義を持つことが大切です。一方で、アイデアやネットワーク、リソースにスペシャルなものは必要なく、それらを持つ人とうまくつながっていけばいい。皆さんのこれからの取り組みを応援しています。
(長堀氏):起業とは、突拍子もないビジネスモデルに挑戦することでも、ハイリスクを取って行うものでもありません。覚悟を決めて難しいことをしなくても、新規事業は十分に実現可能です。自らの新規事業の構想をもっと気軽に多くの人と共有し、応援してくれる人を増やしながら進んでいってください。
まとめ
講義終了後、登壇者は「新規事業には一つの確立された手法があるわけではない。そこが、誰しも悩むところだと思うが、『このプロダクトは、誰よりも先んじて自分が世に出すんだ』という使命感だけは忘れてはいけない、と改めて思った」(笠原氏)、「受講者からは、新規事業に必要なタスクは分かるものの、どういうステップを踏めばよいのかイメージアップが足りていないように感じた。今日の講義にそのヒントがあると嬉しい。こうした場を通じて学びを得るとともに横のつながりを築いてほしい」(小林氏)、「座談会では、他の受講者の質疑応答からヒントを得て前のめりに耳を傾ける人の姿が印象的だった。本気で新規事業を行うのであれば、どんどん外に出ていろいろな人の話を聞くとよいと思う」(長堀氏)と、口々に感想を述べました。
また、受講者からは、「生々しいストーリーを聞くことができた。悩みの乗り越え方は十人十色なのでとても参考になった」「バックグランドは受講者とも通じるところがあり、だからこそ自分たちに足りない部分がよく見えてきた」「周囲を説得するには熱がないとダメなんだろうと感じた」など、自らの現状と照らし合わせた熱い感想が多く寄せられました。
本講義を通して語られたのは、新規事業とは新進気鋭なアイデアや特別な才能を必要とするものではなく、自らの大義を掲げ、周囲のリソースを戦略的に活用しながら歩み続けることで、形にできるという事実です。受講者同士のつながりも形成されたこの場は、一人ひとりの明日からの挑戦を後押しする契機となりました。